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生きてるさきからすぐわすれる

サルが早く人間になりたいと願うその過程

躁二日目です。例のごとく思考が奔流してて眠れません。残念。

 

昨日12日はこまばアゴラでロロのいつ高シリーズ観てきました。

vol.1から最新作のvol.4まで一気見する予定でしたが、都合上3と4のみの観劇。開演の17時まで4時間くらい空きができたので近辺にある古本屋に行きました。あの店いい店。どうせ読めないのに4000円分買った自分の馬鹿さというか見通しのなさに呆れたもんだ。

その足で喫茶店へ。場所としては駒場東大駅のすぐ近くになりますが、似たような店が3~4件隣接してたのには草でした。大丈夫競合激しくない?客の立場としては嬉しいですが。昔からやってる、UCC系列の山っぽい名前の喫茶店に入りましたが、学校休業中の日曜日でも満席でした。地元の人が使ってるのかな。微妙に接客がよくない50代くらいの女性が一人で店内を忙しそうに回していたのが印象的。雰囲気は悪くはないよ。

 

で、本題のロロ③。渡り廊下のやつです。

去年の11月くらいに横浜のSTスポットで見たことがあるので、これが二回目。ひもQとほしのこえと少年少女が出会うシーンで蛍光灯がつく演出のエモさくらいしか覚えてなかったのですが、見てるうちにあったあったと思い出してきました。こういうの楽しいな。

登場人物は少年3人、少女1人の四名。高校の、真ん中にベンチが備え付けられた渡り廊下を舞台にして、少年1が電話したり少年2が伝達係したり少年3ができないラップで倦怠期の彼女に気持を伝えたり(彼女嫌がってる)、そこに少年2をストーカーする少女1がわちゃわちゃ関わってきたりする。上演時間は、この公演の特性上きっかり60分。

その内トリックスター的役割である少女1ですが、とにかくすっごくアクが強い。ひもQとかストーキングとかストーキング相手が彼女と行った思い出の場所に一人で行って撮った写真をそいつにわたしつけたりとか。言動や性格描写がデフォルメ強くて理解できる思考を持つ人間というよりある種のとんちきなキャラクターっぽく描かれていて、人によってはあざといとかアニメっぽい(?)と拒否反応が出てしまうような役なんですが、演じる女優さんの説得力?存在感のおかげでぎりぎりのラインを保って成り立ってたと思います。少女、観客にめっちゃ愛されてました。

以前観劇したときにも思ったことですが、少女1をを演じる女優さんの声がやっぱりいいなあ。芯のあるハリがある伸びのある?瑞々しい声です。心をつかむ清々しい高音で歌われるハイロウズの青春、最高。渡り廊下をスキップしながら『先輩殴る~』、これでわたしは落ちました。
青春については個人的山場で少女がまた歌うんですが、『時間が本当に~』の歌詞が伸びやかな明るい声の切なさが胸に迫ってくる。二人だけのベンチで座る少女1にとってこれが最高潮なんだよな。で、同時にこれは(多分最初で)最後の時でもあるんだよな・・・。
歌詞最下部4連、特に『最高潮』は次の作品vol.4のキーワードでもあります。
ていうかこの歌詞に「青春」って題名つけて「青春」って題名にこの歌詞つける真島昌利さん、ほんとすごい、、、

他の登場人物では、映画オタクの少年1がお気に入りです。一見普通そうに見えますが、オタクの香りがぷんぷんする非常に説得力ある佇まいでした。めんどくせ~!(好き)
新海誠だとほしのこえが一番好きな少年1ですが、絶対こいつオタクの中でも理屈っぽい面倒くささのタイプだと思います。その度合いは理由(一人で作った処女作だからなのか、SFだからか、エモいからなのか)によりますが・・・。
少年3と彼女の間で伝達係をする少年2は本当にいい奴です。外見からしていい奴オーラでてるもんな。ガタイもよくて藤岡弘、のTシャツ着てるし。でも一般的な道理というか思考持ってないなこいつ、って思うところはところどころあります。全体的にヘンな奴ばっかりだし、そこはしょうがないか。
少年3は他少年2人よりも断然ヘン度が高いやつですが、真摯な根っこを持つまともな奴だと思います。だって頭ドープ意識してるのに下は許容範囲超えたハイウェストだし。彼については、後半あたりで出てくる「楽しい会話はワープ」(意訳)というセリフの節回しが印象的でした。切実。
役者さんの演技4人とも噛み合ってて、いつ高という場が無理なく成立していたと思います。この「無理なく」する状態まで作り上げてバランス保つのすっごい難しいと思うぞ・・・。
高校演劇のために書かれた戯曲とのことですが、少しチューニングがずれれば途端に寒くなる恐れがあるので、演出に強いセンスが求められそうです(役者もたいへんだあ)。

 

気になった道具では、ひもQ、渡り廊下、伝達係、録音録画、ほしのこえ、思い出(の橋を撮った)痕跡写真。見立てというかアレゴリー感ある。引用?背景?の情報量が多い。
これを掘り下げていけば、テーマというか核を言語化できるんだろうけど力尽きた。
主催の方が当日パンフレットに「渡り廊下を往復するときはいつも昔の自分とすれ違う」と書いていましたが、おおむねこの一文に集約できそう。ロロ最高かよ~!

あとvol.4についてはまた書けるときに。学校中の裏にある短歌とランチパックメンチカツ味のやつ。
わたしはこちらの方が好きでした。

 

 

躁ってるので数日はまた地獄のパーティーだー(死亡)

 

いま何か月に何日かの躁が来てます。(だからブログまた書き始めた)

このビッグウェーブに乗るしかねえ!

通常営業は体も思考も重くて割とゾンビに近い状態ですが、現在体も頭も最高にハイってやつになってます。心臓のあたりがいつも冷たくてついでに手の指も感覚80パーセント遮断されてるくらいに冷えてます。

すべてはアドレナリンのせいかな?

普段がしなびて床すれすれに漂っている風船だとしたら、今はぱんぱんではち切れそうな、気を抜くと飛んで行ってしまいそうな風船です。黄色いやつ。中身はなんか諸々の最大瞬間風速。どんどん秒で去っていくのでこれはこれでつらい。眠れないし。

 

でも人の創作物を見るときには悪くない状態です。本当はもうちょっとデヂューンして周波数合わせたいところ(感情のトリガー常に半押しだから簡単にガン泣きしてしまう。ドン引きされてると思う)ですが、いつもの鈍い状態よりは色々考えられるので。

 

今日見たカクシンハンのマクベスがよかったです。全編通していいなとは思えないけど、最大風速量はすごかった。刺さったシーンや表情や演出かなりあったし。私的な演劇ジャンルでいうといまここ系で、その中でも最大手のマームとジプシーとはまた毛色の違う感じ。マクベスの友で殺される役(演じてる人の身体能力はんぱない。あとケツ筋キレキレだった)が亡霊として君の名るところとか。汚いみつはパンチラしてくれてくすっとなりました。おおそのネタ今しか届かない。同時代感ってやつ。個人的には食いつきすぎず古すぎずすれすれのいいタイミングだと思いました。シェイクスピアの時代のマクベスとかロミオとジュリエットとかも君の名ることあったのかな。なに言ってるのかわからない。

その亡霊シーン(コンビニでの宴。ファミマのチャイムが印象的な使われ方。狂気と現実の移り変わりはシームレスなんだけど小説の視点移動っぽくてもう一度確認したいが千秋楽だ)からマクベスと妻が必死になって互いを見ようとするシーン(パンフレットに書かれていた、見えないものにとらわれて見えてたものを見失ってしまった問題)(このシーンを境に結局二人は互いを見失ってしまう)(見失ってしまう未来に内心気づいてるんだけど、栄光の未来でその予感を塗りつぶしてしまおうとする二人の切実さが、超新星の輝きみたいでエモかった。一番刺さったところ)、魔女にこの先を尋ねにいくシーン(五里霧中の世界がリアルに立ち上がってた。その世界を生み出している地獄の釜がカップラーメンって。ダンカンばかやろうのギャグに草。天才かよ)(言葉あそびもあって野田秀樹みあった)。この一連が最大風速。

あとは失速ぎみに感じたけど森が動く演出とかスマートでおおとなったり。妻のテンションが頂点に達するシーンでのミスチル(からたち~)はよく分からなかった(曲名分かればまたちがうかな)。

ミスチルの選曲といえば音楽の使い方が今っぽい。流れてた中で分かったのは、友人殺害されて従者が逃げるとこはレディオヘッドのイデオティーク?とマクベス決戦でデヴィットボウイのファイブイヤーズ(歌舞伎)。あとはググればわかるか?

音楽の使い方含めてパイプ椅子や舞台の高さとか白いビニールとか色の使い方とか、演出が空気感というより論理的なパズルみたいで、色々連想できて面白かった。(理知的過ぎるかみたいに聞こえるかもだけど、論理の重なりで空間的な迫力を生む感じかな?)

 

ただ残念というか好きじゃないところは役者の声(発声?とリズム)。後半は前半と違い音のリズムがなくて演技中心になる。シェイクスピアだし言葉と声の演技が重要だと思うのだけど、そこにあまり魅力を感じられなくて前半での興奮が少し冷めちゃった。前半強烈だったからなあ。

(まあ声の魅力についてピンと来なかったのは少し前にマームとジプシーのロミオとジュリエットがあったからだけど。あそこの声はつよすぎる)

 

総括すると5500円に納得できるいい演劇でした。パイプ椅子(とそれを運ぶレール)の魅力があふれてた。

次回もぜひ行きたいし、珍しくDM頼んじゃったほど楽しみです。

 

帰ってエヴァの19話と三月のライオン最新話(15?)見ました。興奮しました。

躁もいいものですね。(寝れない)(体いたい)

 

 

 

下書き記事を投稿しようとしたのに、方法がわからなくて5分ほどうろうろした。情弱には難しいはてなブログなのに何故アメーバピグとかFC2にしなかったんだろう。自意識か。

 

本当に自分の考えてることを言葉にするのは難しくて、出そうとしてるうちにこんがらがって空中分解してしまう。

話すのも文章を書くのも苦手で、その癖読むのは中途半端にしてきたものだから言葉を扱えないことが苦痛で。抑圧とか鬱屈みたいなものをずっと持ち余しているんだけれど、その重みをうまく腑分けできずにいる。つまりそれは、正確に見つめて言葉にし直す忍耐力と根気がないってことで、最終的には何事も中途半端で続かないってことに収まる。またそこに行きつくのかよ。君にはがっかりした(っていう物心ついた初めの頃に覚えたパワーワード(好き)、一回は使ってみたい原文のまま)。。

 

こういうの、だらだら垂れ流すのって気持ちいいなあ。こんな時間にこういうの書いてるの絶対恥ずかしくなるのに、二日くらい寝てなくて結構ハイになった今の頭では止まるタイミングが見つからないし止める気力もない。本当はノートとかメモに留めとけって話だけど、書こうとしても白目向きながら死にたいとしか書けないのだからしょうがない。定型文じゃなくてもっと言語化したいんだ。気分はもうbot。でも気づくと死にたい死にたいと書いてる自分に草。昔のノートにも書いてあるの見つけると実家のような安心感。ほっこりする。あと帰りたいって書き込みも相当あって、それが自宅のメモ帳にも見受けられたものだから、呆れていいのか心配していいのかもうよく分からない。お前はどこに帰りたいんだ?

 

今日はバイトがあるから少しでも寝とかなきゃいけない。おやすみBGMのアルバム二周目してて絶望。

でもディスプレイ見てるから眠れないんだよなあ。

 

結論をまとめる。

思考を言語化するのが苦手だということ。特に論理を持った形にまとめるのが苦痛だということ。

でももう8年生で、このままではいられなくて、どうにかしなきゃいけないってこと。社会に出ない訳にはいられないってこと。生きるの怖い。

少しでもマシにしたい。頑張りたいです(頑張れなさそうだけど、でもやるんだよ!)。

これは、その青写真的なものということです

 

*なんだかキーボード打ちこみの反応が悪い、パスワード忘れそうの二点が今の懸念材料。

 

 

 

想起(題は2013年の自分)

steve reich:different trains

2009年の大晦日にNHKで放送されたやつ。普通ならこういった音楽ものは作業用BGMにするけれど、これは画面から目をはなすことが出来なかった。何度も繰り返される弦楽器の張りつめたメロディーに誰かの語りの断片と汽笛の音が重なる。

映像の演出も相まって、息も出来なくなる(比喩とかじゃなく)ほどの緊張感。切ないし怖いしつらいし吐きたくなるし泣きたくなるし、何がなんだかわからないけれど、すごい。一生このひと時を忘れないだろうと思った。

生きてるさきからすぐものを忘れるのだが、実際今でも忘れられない。

 (ブログを始めた3年前に一番初めに書こうとしてそのまま途中保存されてた文章。3年以上何もせずモラトリアムしてたけどやっぱり考え方や書き方の癖が変わるもので、昔の自分を観察するのは興味深くもあり、恥ずかしくもある。たぶんこれも深夜に書いたやつ)

LOVE展

・ソフィ・カル「どうか元気で:Take care of Yourself」

  一つの別れの手紙を様々な職の女性が解釈し表現しなおす

  (様々なフィルターでろ過された物語)

http://moriartmuseum.cocolog-nifty.com/blog/2013/07/1love12-5276.html

http://en.wikipedia.org/wiki/Sophie_Calle

http://www.tate.org.uk/art/artists/sophie-calle-2692

 Sophie Calle :「手帖の男」「盲目の人々」「限局性激痛」「海を見る」「最後に見たもの」

 

・Richared Billingham:閉塞感と愛しさ。狭いアパート、アル中の父、肝っ玉

 

 

http://en.wikipedia.org/wiki/Richard_Billingham

 

・出光真子「秀雄ちゃん、ママよ」:家族に潜む支配、願望のおしつけ、編集された記憶

 

12/1  F/T13: forced entertaiment 『the coming storm ―嵐が来た』

http://www.festival-tokyo.jp/13/program/13/the_coming_storm/

http://www.forcedentertainment.com/

 

6人の役者が喋る、本当なのかデタラメなのかわからない語りでいっぱいの2時間。

話の主導権を握ろうとして、彼らは1つのマイクを奪い合う。話の途中で遮ったり、茶々を入れたり、宥めすかせたりしながら、彼・彼女は何か話をしようとする。6人の間を慌ただしくマイクが行きかう。

彼らのおしゃべりは脈絡がないし、意味が内容に見える。おもむくままにおしゃべりをしている感じ。「即時的で、自伝的で、不条理で、毎日の現実と同じように繰り広げる」

明確なストーリーを持たない=方向性がない

点在する物語ともいえない何か。断片的?

点と点とつなぎ合わせる遊びみたいに想像で補完する。紡がれる形作られる。

 

中年の役者6人がめまぐるしく喋ったり、楽器を奏でたり、着替えたり、ダンスしたりするそのばかばかしさ。なんのてらいも恥じらいもなく、そこにいることができることの上手さ素晴らしさ。

ふとリチャードが母の死について語るとき、女が怒る「死とか瀕死の患者とか、そういった類の話はしないって約束したでしょ!」

真剣に起こる彼女。おびえ、不安から来るいかり?

物語が動き出すのでは、引っ掛かりが出来るのではと思わせるシーンだが、その後は何もなかったようにバカ騒ぎが切り返される。

ラストシーン、嵐の名残りの静けさのように、女が一人残って静かな中でピアノを弾く。メロディーは途切れ途切れぽつぽつと、甘く切ない。

妙に心に残る。バカ騒ぎやパーティー祭りの後の名残り、あのせつなさとかこころもとなさ?かなしさのようにぼんやりと残る。ただ自分がよく感じるすわりの悪さとか気まずさ後悔みたいなものは感じなくて、ただただ切ない。終わってしまった。彼らは私の胸に小さく口笛や笑い、しゃべる声と共に足跡を残して去っていく。

 

 


 

・『MIWA』から

誰でも「もう一人の自分」を抱えていて、成長するにつれて「普通」から逸脱していこうとする彼・彼女らを殺していく。普遍的な物語。

アウトサイダー、マイノリティ(世界と切り離されている。逸脱している。融和しない)、自分を「もう一人の自分」を殺さない守る救うために「普通の世界」と戦う、英雄的物語。折衝。世界を疑う。

私たち(我々我ら・宇宙を我等に、ってSFあたりのタイトルであったよな)は何故こうなのか?普遍的な問い

 

・フィリップ・ジャンティ

・デヴィット・ルオー

http://www.1101.com/david_leveaux/index.html#

前々から問いとして問題意識としてあった「なぜ過去の戯曲・古典は演じられるのか?」に対するフックになるような

テクストは同じ、演出でアップデート更新される。それは上記の記事を引用すると『現代化』と同じ。

そうではなくて、古典世代から世代へとつながっていく物語を通じて、古代近代昔過去の彼ら我々と手をつなぐ、ひとつの心理問題問い意識謎追い求めるもの分かることのできないもどかしさぐるぐると中心の周りをめぐり続ける届かないとわかりつつ呼びかけることを止めない声や思い行為、ことができるものをつくる。つながる道筋をつくる。

野田秀樹の演劇の、過去の人物や歴史、物語、事物がずれて引用したりモチーフとなり、現在とつながる融合するテーマとして浮き彫りになるという特徴がそれだ)

演劇にはそれができる。

「いま・ここ」とつながる現前させるたちのぼるもの。

 

それがただ物語や舞台を「現代化」することとの違い。コミットの差?

→長塚圭司『マクベス』『背』

 

あと、宮沢りえがノラを演じることによって、演技とは何か、感じたこと何か通じたことから、橋本監督のワークショップで聞いた、『上を向いて歩こう』を歌う演技のシーンで「こころとからだがつながる」瞬間があり、そこでは演じると在ることの境目がなくなっていたというエピソード、ジェーンフォンダのエピソードを思い出した連想した想起された。

あと日本語という言葉の問題。昨日芸劇で見た、韓国の俳優たちで演じられた『半神』

を見たときに感じた違和感ともどかしさ、生じた問題意識と重なる。

ところで韓国語て本当にたたきつけるような言葉だなあ。はねかえるような響き。

 

 

いまワァウワァウでやってた蜷川幸雄とマエアツの闘いドキュメンタリー見てます。ニナガワぐう怖。

太陽2068見れなかったけど、どうだったんでしょうか。イキウメの人の戯曲にぴんと来なかったんですがどうだったのか。

マエアツさん女優さんとして成功してほしいなあ。

あと、「タイヤこうか~ん!」ベルトさんかわいい。

 

 

 

 

うおー

言葉がついてこない。もどかしい。形にできない。前はできたのに、少しでも。ちゅらいつちゅらい。

ああ~

連想ができない

想像なんてできねえ想像力ください